富裕層の言葉の成り立ちはこれぐらいにして、
では今度は富裕層の歴史的な経緯を見てみよう。
■富裕層の源流
17世紀からのフランス絶対王政時代の宮廷社会である。
当時の特権階級は聖職者と貴族で人口の2%にすぎず、
他者より優越していることだけを目的とする消費を行う
有閑階級である。
働く必要のない階級に属していることを示すために、
避暑や窮屈な服装などはその典型である。
その根底の動機は見栄であり、上下の差別を明確にする
ことによって名誉や名声が成り立つと考えている。
そんな貴族に替わって登場してきたのがブルジョワジー(資本家)
で、その基盤はもっぱら財力である。
なかでも、突出した資産家を表す言葉として「富豪」がある。
彼らは、社会・経済の運営を資金・金融面で支えることが多いが
反面、政変や革命などで財産を失うリスクも背負っている。
そこで、共同社会や国家の枠を超えて一族の財産を
守るために強固なネットワークを構築することになる。
国や市場の枠に収まらない富豪の資産は、後の子孫の代
までの維持を目的として最も信頼できるところに集まる。
それが、国家の戦略の一環として集めた資金の維持と安全
を保障するスイスのプライベートバンクである。
ちなみに、プライベートバンクは、厳密にはスイスの
プライベートバンカー協会に加盟しているPictet & Cie、
Lombard Odier Darier Hentsch、Rothschild Bank AG
などの13行しかなく、新規口座は2~3億円の資金からの
開設となる。
■生まれながらの高貴さ
一方富裕層が権威として目立ちにくいモデルとして英国の
貴族階級がある。
貴族階級は、王侯を別格として、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵
の5つの順位に分けられる。
爵位は、古代から中世の国や近代の立憲君主制の国家で公式に
授与される階級別の栄誉称号である。
これら基本の5爵の他に大侯爵や准男爵、一代限りのナイトなどがある。
英国貴族の称号をもつ人は現在約900名(その内、男爵が500名以上)
とされ、人口の0.02%の極めて限られた人々である。
彼らは労働しない人間だが、使命は国家を守ることであり
日ごろから訓練を積み、いざというときには軍人として先頭に
立つという、ノブレス・オブリージェ(高貴な義務)を持ってる。
その実例はフォークランド紛争でも見られ、20世紀後半になっても
維持されている。
■能力主義の登場
先祖から引き継いだ資産、あるいは特権階級の後ろ盾が
ない人にも富裕層への門戸を開くのが能力主義である。
無一文で移民した人間が大きな成功や富を勝ち取ることが
できるチャンスに恵まれた能力主義の代表国がアメリカ
である。
■日本の富裕層の歴史を振り返ってみる。
明治維新によって、江戸時代の公卿や諸侯(武家)の
有力者は華族となった。
明治2年に公卿142家、諸侯285家の427家の華族が誕生し、
明治17年の華族令公布時に509家となり人数で言えば
3400人弱の数である。
英国の貴族階級と同じ、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵
の爵位を名乗れることができたのは戸主だけであった。
昭和20年の敗戦時までに924家まで増えていたが、それでも
5000人程度の特権的な上流階級であった。
但し、明治維新が変則的な革命政権であったこと、廃藩置県
や神仏分離という大改革を行ったことから、華族には下級武士、
革命で地位を奪われたはずの徳川家、本願寺の大谷家や
伊勢神宮の神職など、現実調整的基準で爵位が与えられ、
その後も政府や軍の高官の勲功による華族もいた、混交的な
上流階級であった。
しかし第2次世界大戦の敗戦と昭和22年の日本国憲法の施行
でそれもあっけなく消滅し、また財閥解体も行われ何世代にも
わたる富裕層は比較的少ない。
では資産10億ドル(1,100億円)を超える超資産家が一族
含めて29人となっている。
明治より前の先代が創業した事業を継いだような人は
少数派で、ノンバンクやIT関連などの新興企業の社長
などが多く、一代で財を成した人もいる。
日本の富豪の多くは、企業グループのオーナや経営者
という「働く大富豪」である。
そして、90年代末からのIT分野を中心とした起業や上場
によって成功を収めた、同時に大きな収入、資産を得た人々
のオフィスや住居が六本木ヒルズに入居した。
以来ベンチャービジネスの成功のシンボルとして、「ヒルズ族」
と呼ばれるようになった。
(その3に続く)
コメント