富裕層を狙う理由(その2)で富裕層の経緯や
成り立ちを見てきた。
現在の富裕層はその分類や定義には諸説
(その話はまた別の機会にするとして)あるが、
一言で言えば、働く大富豪であった。
つまり会社の経営者・役員といったビジネスマン、
弁護士や医者といったプロフェッショナルのイメージ
が当てはまり、彼らの富は18世紀後半からの産業
革命以来の資本主義の結晶である会社という仕組み
の成果と言えるだろう。
しかしその会社の根幹に関する問題提起となった
事件がこの数年で起こった。
それは連日マスコミを賑わしたライブドアのニッポン
放送へのTOBや村上ファンド関連の事件である。
このときに盛んに言われたのが、
「会社は誰のものか」や「株主主権論」であった。
これは会社や株式会社
というものの理解がまだ必ずしも深くないことを表して
いる事件だったといえる。
その点についてもう少し触れてみる。
堀江貴文は「お金で買えないモノはない」
とよく言っていたが、これは確かに正しい。
しかし裏を返せば「お金はモノしか買えない」ということ
になる。そして、会社とはモノとヒトの両面があり、結局
ヒトとしての会社は買えなかったということになる。
そういう意味で言えば会社とはよく言われるように
「社会の公器」であると言える。
そして、この会社の根幹に関する問題提起を日本中
に対して行った当事者の堀江貴文や村上世彰はもちろん
経営者である。
経営者であるということは会社のヒトとして側面から
信任された存在であり、信任されている以上そこには
会社に対する忠実義務や注意義務といった倫理感
とでもいうべきものが不可欠となる。
だが、彼らが粉飾決算やインサイダーの容疑で逮捕
されたという結末を迎えた。
同じ時代を生きる一人の経営者として、会社の根幹に
関する問題提起をした経営者自身の倫理観の欠落を
露呈したという皮肉を深く考えさせられた。
(注:このあたりは東京大学経済学部教授の岩井克人
先生の書籍からの引用になる。詳細な説明は学術的
な内容なので割愛します。)
そしてここに倫理の追求ということが私の企業に対する
思いとして込み上げてくるのである。それは既に経営者
やビジネスマン、プロフェッショナルとして成功されている
富裕層の皆さんの倫理観(感謝、勤勉、奉仕など)を学び
自らの倫理としてそれを育みたいという思いである。
もちろんただで教えてもらおうなどと厚かましく考えている
わけではない。
そのあたりはまたの機会に書きたいと思います。
ところで、先月の9月26日に世界に開かれた、
「美しい国、日本」を掲げた安倍政権が誕生した。
所信表明演説で最初に取り上げた
- 格差是正のための「再チャレンジ政策」
- 次代を背負って立つ子どもや若者を育成する「教育再生」
無論何度も挑戦できる社会をつくり格差を固定化しない
ということや志ある国民を育て、品格ある国家、社会を
つくることは大いに結構だ。
さらに付け加えることがあるとすれば、前述の内容で
- 富裕層を勝ち組
- 教育を倫理観
安倍政策の文脈で読みかえるとピタリとその方向性が
一致しているのは偶然ではないような気がする。
(おわり)
<参考文献>
岩井克人「二十一世紀の資本主義論」「資本主義から市民主義へ」
財団法人ハイライフ研究所「富裕層のライフスタイル研究報告書」


